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2017-09

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ありがとう!ケンケン  (ごめんね・・・ ケンケン) - 2011.01.08 Sat

0610002

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。本日から暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2006年10月に撮影した写真です。
たぶん、当時住んでいた家の脇の公園だと思います。

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私たち夫婦には、白い愛犬がいます。
いました・・・ ついさっきまで・・・

14年間、ずっと一緒に暮らしてきて、12年前に同じ飛行機に乗って、一緒にカナダに移住してきた愛犬です。
ケンケンと言います。

14年間、生きてくれました。


飼い主に愛された犬はたくさんいると思います。
ケンケンもそうでした。

でも、ケンケンほど、たくさんの人たちに出逢うことができた犬はいないと思います。
そして、たくさんの出逢った人たちから可愛がられていました。
こんなに、たくさんの人たちから愛された犬は、ケンケンだけだと思います。


ケンケンを可愛がって下さった皆様へ

きっと、ケンケンは
「ボクのこと、忘れないでよー」 と思っているはずです。

だから、私たちはケンケンの今までを、みなさんにご紹介したいと思います。


本日、カナダ時間1月7日午後9時
ケンケンは永眠しました。
私と妻が、最後を看取りました。

最後の最後の別れを、一緒に過ごせたことは、
私たちにとって最高の幸せだったと思います。
ケンケンもそうだったはずです。

私と妻、4本の手、20本の指で、
ずっとケンケンの体をさすり続けました。


もともと胃腸が弱く、5年くらい前から嘔吐することがありました。
医者の診断で、腹部に腫瘍があることが分かりました。
でも、体調管理を整えれば長生きできるということを知り、
妻は食事や散歩に気を遣いつづけてくれました。

私はしょっちゅう日本に出張に行きますが、妻は12年間、一度も日本に戻っていません。
ただの1日でもケンケンと離れるくらいなら、日本に帰らない!という言葉通り、
妻は今日の今日まで一度も日本に戻っていませんでした。

妻の献身的な支えで、たまに元気が無い時があったものの、
年齢以上に元気でした。

元気でした・・・

12月中旬(まだ1ヶ月前です・・・)、いつものように散歩をしている時も、
ぐいぐいと凄い力で引っ張っていくんです。
食欲も旺盛で元気、元気。


そのケンケンが、具合が急に悪くなり始めたのは、クリスマス頃でした。
食欲がだんだんと細り、嘔吐の回数が多くなりました。

ケンケンは、すごく回りに気を遣う性格です。
嘔吐をするとき、床を汚してはダメだと思うんでしょうね・・・
具合悪そうに玄関まで行って、玄関のタイルの上で吐いていました。
その方が、掃除で迷惑がかからないから・・・ と
いつも嘔吐の後、すまなそうな顔をして私たちを見るんです・・・

どんどん症状が悪くなるので、病院に連れて行きました。
末期の癌だと言われました。
私も妻も腫瘍があることは、とっくに知っていました。

でも、まだまだ元気!
14歳、15歳、16歳、17歳・・・って、長生きしてもらえると信じていました。

ほんとに元気だったんです・・・ つい一ヶ月前までは、すごく元気だったのに・・・


1月7日。
自力歩行も困難な状態が続いていたので、抱きかかえてエレベーターに乗り、
外に連れ出しました。
ケンケンは散歩が大好きですから。

でも、もう歩けませんでした・・・

歩道の横の芝生の上で、立っているのが精一杯という感じでした。
オシッコはしました。

でも、3日前までは、お水だけはたくさん飲んでくれていたのに、
今日はお水も飲まなくなってしまいました。

午後3時から、ケンケンの苦しい状態が続きました。
表情が見るからに昏睡状態なのです。
目を見開いたまま、瞬きをしてくれません・・・

午後6時。
激しい痙攣が起こりました。
もう、ダメなのか・・・

そう覚悟したとき、ケンケンが水のようなウンコを排泄しました。
消化器官がもう働いていなかったのでしょう。
ウンコらしいウンコは、もう10日以上もしていませんでした。

ウンコを排泄した直後、ケンケンが元気になりました!
きっと、腸内の異物を排泄したので、これで楽になれると思いました。

ケンケンがいつもの表情に戻りました!
瞬きをします!

ぱち、ぱち、ぱち、と、だんだん瞬きの回数が増えていきました。

「もうこれで大丈夫!」

私と妻は、ケンケンの体をできるだけ優しく摩りつづけました。
ケンケンの表情は穏やかでした。

「元気になれるよ!ケンケン!」
「早く元気になって、またたくさん散歩しよう!」
「美味しいものを食べよう!」

ケンケンは嬉しそうでした。

でも、穏やかなケンケンの表情は、30分後に再び苦しそうな顔になってしまいました。


午後9時。
「くぅーん」
「くぅーん」
「くぅーん」

と、息遣いが荒くなって、苦しい表情が続き・・・

そして、ケンケンは息を引き取りました。


ありがとうね、ケンケン・・・
ごめんね、ケンケン・・・
もっとたくさん、いろいろなところへ連れて行ってあげれば良かった・・・
もっと早く、お腹の痛みを分かってあげれば良かった・・・

ごめんね、ケンケン・・・・・・・・・・



ケンケンは、今、一番好きだった毛布にくるまっています。
私の後のいつもの場所で。

普通に寝ているようです。
穏やかな良い顔をしてます。

今まで本当にありがとうね、ケンケン!




ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
今日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。




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ありがとう!ケンケン  (キレイなワン子だったよね) - 2011.01.09 Sun

0508001

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。




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この写真は: 2005年8月に、ケンケンを可愛がって下さっていた
茨城県つくば市から我が家に来られたF様ご家族が撮影してくださいました。
ケンケンの写真はたくさんあります。
一番キレイで美人に撮影されている写真が、この一枚です。
ケンケンらしさがすごく良く写っているよ!ということで、
妻の一番のお気に入り写真です。
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ケンケンは雑種です。
長野県の私の田舎(長野県千曲市)の生まれです。

散歩をしていると、カナダ人の人たちから数え切れないほど声を掛けられました。

「この犬は何の種類?」
「雑種ですよ」
「え? まさか!」

という具合に、カナダ人は皆さんビックリするんです。
カナダ人の方から多く聞かれるのは、

「スピッツの毛が短いタイプなの?」
「アメリカンエスキモーなの?」

という言葉です。
でも違うんです。
長野県の雑種なのです。
でも、雑種でも血統が良いのだと思います。

ケンケンは、すごく美人(メス)なんです。
まん丸の黒い目で、じーーーーーっと見つめてきます。
毛並みはふさふさで、特に首周りなんか、正面からみたら
ライオンのたてがみの首バージョン?というくらい、
それはそれは見事なんですよ。

ケンケンがカナダで過ごした12年間に、本当にたくさんの
日本人の方々がケンケンに会ってくださいました。

平均すると年間70名の日本人の方が、わざわざ日本から来てくださいましたから、
ざっと、延べ800名近い方々がケンケンを可愛がってくださったのです。

犬好きの方がとても多かったですから、
ケンケンが雑種だと知ると、皆さん驚かれていました。

「キレイな毛並みですね」
「ケンケンはとっても美人ですね」

って。


見た目だけじゃないんです。
ケンケンはとにかく頭が良い犬で、そしてすごく気を遣うんです。

我が家にお客さんが来られる場合は、到着1~2分前に私が妻に電話を入れます。
妻は、ケンケンに向かって、

「ケンケン!お客さん来るよ!」

と言うと、完璧に理解するんです。

我が家の玄関扉が開くと、ケンケンがお客さんを出迎えます。
でも、ぜったいにジャレついたり、お客さんの足や脛に飛びついたりしません。
微妙な距離、2メートルくらいでしょうか、その距離を上手に保って
尻尾を振って、でも絶対に吼えません。

お客さんにストレスを与えない距離感や態度を保って、
上品に迎えるので、まるで旅館の名物女将のようなのです。

この態度が本当に見事で!
お客さんは、ケンケン初対面で、もうすっかりファンになってしまうんです。



ケンケンは、私と妻の仕事を本当によく理解してくれていました。
ケンケンも、立派な営業マンだったんです。


いえ・・・ そうじゃない・・・んです・・・

ケンケンが居なくなって、私たちは初めて知りました。
私たちはケンケンの仕事に対する成果のおかげで
これまで、それらしく仕事ができてきたのだと気が付きました。


ケンケンは、我が家の福の神だったんです。
本当に凄い福の神でした・・・


よく、お客さんが、
「ケンケンは気品がありますね」 とおっしゃられました。

本当にそうなのです。
品があって、すごくキレイ好きなのです。

オシッコ、ウンコは、絶対に室内でしません。
必ず、散歩に出たときに野外でします。
そして、いつも妻がウンコを回収します。

もう14年も、こうしたことをしてきたんですが、
どうしても耐えられなくて、家の中でしてしまったことは、
私たちが記憶している限りでは、2回だけです。
たった2回だけ。

それは、たまたま私たちが長時間、家を留守にしてしまって、
いつもの散歩の時間から大幅に遅れて帰宅したときでした。


あのときのケンケン
ものすごく申し訳なさそうな、
すまなさそうな、
ゴメンナサイって言っているような、
しょんぼりした表情だったんです。

「良いの!良いの! ケンケンは悪くないの!」

私たちは絶対にケンケンを叱りませんでした。
ケンケンも、その期待に応えようとするんです。
だから、家の中では絶対に、オシッコ、ウンコはしないのです。

1~2ヶ月に1回の割合でシャワーを浴びさせていました。
もともと、キレイ好きのケンケンですから、いつもピカピカの美人さんでした。


ケンケンは、昨晩1月7日に永眠したときも、
本当に本当に本当に、キレイなままでした。

ケンケンは、最後の最後まで、気品があって、キレイで・・・

ぜったいに私たちに迷惑を掛けないからね!って言っているようでした。




ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。


ありがとう!ケンケン  (虹の橋を見たよ) - 2011.01.10 Mon

0902002

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2009年2月に撮影した写真です。
当時住んでいたケロウナの自宅で、私の膝の上にいるケンケンです。

ケンケンは、人に対してしつこくしません。
礼儀やマナーをきちんとわきまえていて、すごく遠慮深いのです。

妻が、私の膝の上に、「よいしょ!」と乗せてくれることが度々あります。
そのときのケンケンは、写真のように黒いまん丸の目でじーっと労わるように
見つめてくれます。

とっても優しい顔と優しい目。
どんなに辛いことがあっても、ケンケンの顔を見たら、
嫌なことなんか、すぐに消えてしまいました。
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2011年1月8日。
前日の夜、ケンケンが永眠してから、12時間が経過しました。

永眠した直後に一番気に入っていた毛布で、ケンケンの首から下を
まとってあげていたせいか、体にはまだうっすらと暖かさが残っていました。

でも、もう体が硬くなっていて・・・
あの柔らかかったケンケンの体の感触がどんどん失われていきました。

午後12時。
私と妻は、SPCA(カナダ動物愛護協会)にケンケンを車で運びました。

車に乗るのが大好きだったケンケン。
ドライブが大好きで、小さい時から、とにかく車に乗るが大好きでした。

いつも車に乗るときは、助手席の妻の膝の上がケンケンの定位置でした。

「ケンケン、重いよ! じっとしてて!」

妻はいつも困ったような嬉しいような、そんな言葉をケンケンに投げかけていました。

それなのに・・・
この日のケンケンは、毛布に包まれて、後部座席でした。
でも、顔はちゃんと毛布の外に出ていますから、
本当にすやすやと眠っているようでした。

SPCAに到着し、火葬の手続を依頼しました。
カナダは、動物愛護においては世界トップだと思います。
こうした団体が全国組織として活動をしてくれているおかげで、
カナダには、捨て犬はいませんし、迷子の犬も必ず保護されます。

動物虐待の多い日本と違って、カナダでケンケンと暮らせたことは、
私たちにとって、とても安心できる環境でした。
だから、ケンケンも安全に健やかにカナダで最期を迎えることができたと思います。

SPCAのボランティア職員の女性が、涙にくれる私たちを慰めてくれました。
もう、ここで、この場所で、これがケンケンの体を触るのは最後でした。

その女性は、
「14歳! 14歳には見えない・・・ なんてキレイな犬なんでしょう」
とビックリしていました。

ケンケンはとてもキレイな犬でした。
最期まで、キレイな姿でした。


SPCAを後にした私たちは、自宅に戻り、すぐに外出しました。
ケンケンの散歩コースを歩くためです。
今日から、毎日の日課です。

ケンケンの散歩コースの定番は、5パターンほどあります。
コースの組み合わせにって、20~30コースくらいになります。
この日、私たちはケンケンが一番好きだったロングのコースを歩きました。
ケンケンと一緒に散歩するように、いつもの感じで歩きました。

このロングコースを、ケンケンと一緒に最後に歩いたのは・・・ 
いつだった・・・?
日にちまでは覚えていませんが、
12月初旬だった、ということが私と妻の同意見でした。

1ヶ月前・・・
たった1ヶ月前は、ケンケンは、まだこのコースを歩いていたのに・・・


午後3時過ぎのことです。
いつもの散歩コースを海岸に向かっていましたら、
ノースバンクーバーを望む方向に大きくてキレイな虹が出ていました。

「虹だ! 虹の橋だ!」
妻は泣き出しました。


インディアンの伝承として、世界中の動物愛好家に伝わる話があります。

『虹の橋』 という言い伝えです。

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現世で人間から愛情をたくさん注いでもらった動物は、天寿を全うすると、
虹の橋を渡って、幸せな世界で新しい生活を始めるそうです。
たくさんの友だちや、美味しい食べ物に恵まれ、
楽しく暮らすことが出来るのです。

でも、とっても気になることがあるそうです。
現世に残っている、優しかった飼い主が悲しんでいる姿を知っているからです。

虹の橋を渡った動物は、飼い主との再会を心待ちにしています。
やがて、飼い主が天寿を全うしたとき、虹の橋の向うから、その動物は
全速力で迎えに行くのです。
そして再会を果たすのです。
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バンクーバーは、1月7日まで曇天模様で小雨続きの天候でした。
昨日、1月8日は薄っすらと晴れ間が覗きました。

でも、バンクーバーの冬を知っている方ならお分かりの通り、
この時期に、虹が出るなんて、有り得ないことです。

海岸沿いの歩道を行き交う人たちも、
口々に珍しい!と口にしながら、写真に収める人も大勢いました。
その虹は、海面から昇り立ち、とても濃くて美しい色をしていました。


ケンケンが虹の橋を渡っている・・・
今、渡っている・・・

ケンケンは飼い主思いで、たったの1度も迷惑を掛けたことの無い
頭の良い、賢い賢い犬でした。

本当に私たちのことを一番に考えてくれていた犬でした。

そのケンケンが、私たちに虹の橋を見せてくれたのです。
季節外れの虹。
それは虹の橋です。

ケンケンがその橋を渡っていく姿を私たちに見せたかったのだと思います。




ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。




ありがとう!ケンケン  (不思議な出会いだったね) - 2011.01.11 Tue

0112002

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2001年12月に撮影した写真です。
と言うことは、もう9年前です・・・
つい、この前のことのように思い出されます。
ソファでテレビを見ていると、こんなふうにケンケンがいつも密着していました。
生後3ヶ月で我が家の子になったケンケンは、その日から私と一緒に寝る
ようになっていましたから、こうした風景は我が家の当たり前の日常でした。
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ケンケンは、メスなのです。

「えっ? ケンケンだからオスだと思っていました」

そう言わることは、数え切れないほどありました。
そうです、ケンケンはメスなのです。
それでは、どうしてメスなのに ケンケン なのか?

それは、私がケンケンと最初に出逢ったときの
ちょっとしたエピソードが原因なのです。


1997年1月初旬。
場所は今から14年前の長野県千曲市です。

当時、私が勤務していた会社に、知り合いの叔父さんがやってきました。
この叔父さんは、親戚じゃないのですが、不思議なご縁のある方です。

Kさんと言います。

私の祖母と、Kさんのお母様は、旧制女学校時代からの大親友です。
私の祖母はまだ健全で92歳になります。
Kさんのお母様は数年前に他界されました。

祖母に育てられた私は、Kさんのお母様に、物心ついた頃から
とても可愛がって頂いてました。
祖母の時代から深いお付き合いをさせていただいているのが
Kさんご家族です。

そのKさんが、1997年の正月明け早々に私を訪ねてきたのです。

「ねえ、やしろちゃーん」
と、良い年したおっさんが、ちょっとニヤけた表情で私の顔色を伺ってきました。

「どうしたんですか? Kさん」
「ねえ、やしろちゃん・・・ あのさー、犬要らない?」
「犬? 犬ですか?」

私はすぐに断りました。
私は犬は大好きです。
一度、飼ってみたい!と思っていました。
それは小学校の頃からの夢でした。

でも、その当時、狭い小さなアパートに妻と二人で暮らしていましたので、
面倒は見れるのだろうか? という疑問がすぐに頭の中をよぎりました。

私と妻は仕事をしていましたから、日中はアパートを留守にしてしまいます。
それに、アパートはペット禁止という厳しいルールがありました。
ですから、犬が好きな私でも、飼うことはできませんでした。

私は、Kさんに事情を話して断りました。

「まあ、そう言わずにさ、ちょっと見るだけ見てよ!」
「見るだけですよ、飼いませんからね!」

Kさんの後について、駐車場に向かいました。
Kさんは、トランクを開けました。

すると・・・

トランクの中に、段ボール箱があり、その中に4匹の子犬がいたのです。

「どうしたんですか? この仔犬たちは?」
「いやあ・・・ 家の犬が産んじゃってさー」

私は、茶色の仔犬に手を伸ばしました。
茶色の仔犬は、私を怖がっているのか、嫌がっているのか、
私の手から逃れようと必死でした。

私は、茶色の仔犬を諦め、隣の黒い仔犬に手を伸ばしました。
しかし、結果は同じでした。

次に、その隣の白と茶色のブチの仔犬に手を伸ばしました。
しかし、結果はやはり同じでした。

残りは、白い仔犬です。
「白い体は、汚れが目立つからなあ・・・」
私は、ほとんど興味を失いながらも、白い仔犬に視線を移しました。

白い仔犬は、黒く丸い目で、じーーーーーーーーーーーーーっと
私を見上げていました。

「んっ?」
この白い仔犬は、私を怖がっていないのだろうか?
私は何気なく手を伸ばしました。

白い仔犬は全く抵抗せず、まったく自然に私の両手の中に納まったのです。

でも、飼うことにはためらいがありました・・・
責任を持って面度を見られるのだろうか? という不安です。

「やっぱりダメですよ、私には飼えないですよ」

私は事情をKさんに説明しました。

「そっかーー。じゃ、しょうがないな。処分するか・・・」
「えっ? 処分って・・・」
「仕方ないよねー。家じゃこんなに飼えないからねえ・・・」

私は背筋がゾッとしました。
もちろん、これはKさんの作戦だったということは後で分かりました。

私は覚悟を決めました。
「この白をください!」

Kさんは、にんまりと笑いながら、

「やしろちゃーん、一番良い犬を選んだねえ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ。そいつは大人しいからね。良い犬だよ」
「大人しくて良い犬なんですか?」
「ああ、そうだよ。吼えないからね」
「吼えない犬なんですか?」
「ああ、そうだよ。賢いよ」
「賢いんですか?」
「ああ、とっても賢いよ」

Kさんのにんまり度は、ゆっくりでしたが、その表情に深く表れてきました。
Kさんは、もう一押しだ!と思ったのでしょう。

「Kさん、私はオス犬なら、飼っても良いかな? って思うんですが・・・」
「そうだねー。メス犬は子供を生むから大変だしねえ」
「この白い仔犬はオスですか?メスですか?」
「そいつはオスだよー」
「オスですか?」
「そうだよー。オスだよー」
「そうか・・・ この子はオスなのか・・・」
「そうだよー。オスだよー」

私は、白い仔犬の股間を確かめました。

「やしろちゃーん、仔犬の股間を見ても判断は難しいよー」
「Kさんは、分かるんですか?」
「分かるよー。そいつはオスだよー」
「そうですか。オス犬かぁ・・・」
「そうだよー。オスだよー」

「賢くて大人しくて吼えないんですよね?」
「そうだよー。賢くて大人しくて吼えないオスだよー」


そして私は、Kさんを信じて、白い仔犬を貰うことに決めました。
段ボールの中に入った白い仔犬と対面してから、わずか10分ほどの出来事でした。


それから、数ヵ月後。
私と妻は、我が家の子になった白い仔犬を動物病院に連れて行きました。
仔犬の検診のためでした。

獣医さんが、慣れた手つきで白い仔犬の身体を丁寧に診察してくれました。

「大丈夫!健康でしっかりしたメス犬です!」
「メメメメメメメメメ、メスーーーーーーー?」

私は仰天しました。


Kさん! 話が違うじゃないですか!
もう、名前も決めてしまったんですよ!

ケンケン って。

今さら、名前を変えるのも嫌だしなあ・・・
というワケで、ケンケンはメス犬なのです。


でも、Kさんの言ったことに嘘はありませんでした。
雌雄の別を除いた、他のことは全てその通りでした。
大人しく、賢く、吼えない、というのは全くその通りだったのです。

こうして、私たちは生後3ヶ月のケンケンと出会い、この日から
我が家の家族として一緒に暮らすことになったのです。

1997年1月初旬に、ケンケンは私たちの家族になったのです。




ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
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2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。


ありがとう!ケンケン  (こんなに、ちっちゃかったんだね) - 2011.01.12 Wed

9701001

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この写真は: 1997年1月に撮影した写真をスキャンしたものです。
当時、まだデジカメが普及していなくて、我が家にもありませんでした。
普通のカメラで、仔犬だった頃のケンケンをたくさん撮影しました。
仔犬のケンケンが、我が家の家族になったことが、嬉しくて嬉しくて。
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「こんなにちっちゃかったんだぁ・・・」 

前回のブログでご紹介したKさんから授かったケンケン。

この写真は、日付がハッキリしないんですが、
ケンケンが我が家に来た翌日だたっと思います。

ということは、1997年1月初旬~中旬頃です。
ちょうど、14年前・・・

14年前か・・・

こんなに小さかったんだ・・・ って、
14年前のことが、今でも鮮明に思い出されます。

あの日、Kさんから授かったケンケンを、その夜、まっすぐ家に連れて行きました。
家に向かう車の助手席で、ケンケンはブルブル震えていました。

生まれてから、いったいどのくらいKさんに連れまわされたことだったのでしょう・・・
車に乗せられるときは、不安で不安で、それは寂しかったと思います。

家に到着した私は、ケンケンを胸のあたりに片手で抱えて、
そーーーーーーっと妻がいた居間に入りました。

「ただいま」
「おかえり」
「犬、いるよ」
「!」

妻も大の犬好きです。

私の腕の中で小さく体を震わせていたケンケンを見た妻は
驚きと嬉さで飛び上がるようにケンケンを迎えました。

この日から、ケンケンは我が家の大切な大切な家族になったのです。

あの日、ケンケンが我が家にはじめて来た夜のことは、
今でもはっきり覚えています。

私はケンケンと一緒に、すぐにお風呂に入りました。
温めのシャワーで体を洗ってあげました。
妻はケンケンの体をバスタオルで拭きました。

私がお風呂から上がり、居間に戻ると、
ケンケンは、コタツの中にいました。

ちょうど良い暖かさだったのでしょう。
それ以来、ケンケンは大のコタツ好きになり、
コタツに潜っては、熱くなると顔だけ出すようになりました。



長野の冬は寒いです。
8畳の居間に、テレビがあり、コタツがあり、小さなソファがあり、
そして、寝るときはコタツの横に布団を敷いて寝るのが
極寒地長野の冬を乗り切る生活スタイルです。

布団を敷くと、部屋の中は足の踏み場がありません。
ケンケンは、我が家に来た初日から、私たちと一緒に布団で寝るようになりました。

場所はいつも決まっていて、私の左腕から左脇のあたりです。
ケンケンがそれを望んだわけではありません。
私がそうしたかったのです。

でも、ケンケンはそれがとっても落ち着いたようで、
仔犬の時は、いつも私の横で寝る習慣になったのです。

仔犬の時は寒がりだったので、いつも私の横にくっつくように、
必ず私の左横にいました。

ケンケンが4歳のとき、避妊手術をしました。
術後、ホルモンバランスが変わったせいで、
暑がりになってからは、もう布団の中に入ってこなくなってしまいました。

でも、それまでは、長野にいたときも、カナダに移住した後も、
寝るときは、いつも私の左側付近で、すやすやと寝ていました。

夜中に目が覚めて、私がトイレに行っている間、
ケンケンは不安そうに枕の横で私を待っていました。

「うーー、寒い。早く寝よう!ケンケン」

私が布団に入ると、ケンケンも安心して、ぐーぐーと寝てしまいます。


仔犬の成長は、すごく早いんです。
あるとき、
「あれ? ケンケン、大きくなったなあ・・・」

なんだか、布団が狭く感じられるのです。
すくすくと育ったケンケンは、いつの間にか、
布団が窮屈に感じられるくらい、大きくなっていったんです。

仔犬だったころのケンケン。
今、思い出しても、本当に一瞬の時間だったように思い出されます。



ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。



ありがとう!ケンケン  (ここは好きな場所だったね) - 2011.01.13 Thu

0510005

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2005年10月20日に撮影しました。
当時住んでいたBC州ケロウナ市の ミッションクリークパークです。
とっても良いアングルで撮影できた私のお気に入りの一枚です。
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ケンケンは、散歩が大好きな犬です。
でも、毎日決まった散歩のコースよりも、もっと好きな場所があります。

ケンケンは、その場所まで車で行くことが大好きなのです。
とにかく車に乗ることが大好きで大好きで。

秋晴れが続く季節になると、私たちはこの写真の場所にケンケンを連れて行きました。
車で10分ほどのところにある、ミッション・クリーク・パークという自然公園です。
川が流れ、その両岸はご覧のように遊歩道になっています。

「ケンケン! ミッション・クリーク・パークに行こうか?」
妻のその言葉に、ケンケンは耳をピンッと立てて反応します。

「また行くのかぁ・・・?」
と、いつも私は少々、面倒に感じることが多かったのです。

ケンケンを車に乗せると、車内にケンケンの毛が残ります。
仕事柄、お客さんを車に乗せることが多かったため、
その後の掃除が大変なのです・・・

だから、私はいつも 「面倒だなあ・・・」という気持ちになっていました。

そんな私を誘うように、ケンケンはいつも以上に尻尾を振ります。
その表情は、とても嬉しそう!楽しそう!なのです。
その顔を見たら、私の重い腰も上がるんですよね。

ケンケンは、記憶力と方向感覚がすごく優れている賢い犬でした。
車に乗って、どちらに向かうのか?
それによって、行き先を敏感に理解します。

ミッション・クリーク・パークに行くんだ!と分かったときには、
それはそれは、嬉しそうで・・・

公園内の駐車場に車を止め、ドアを開けると、
ぴょーーーん!と大きくジャンプして、飛び出します。

妻は、引きずられるようにケンケンに引っ張られていきます。
これも、毎度毎度の光景でした。


秋になると、この公園の木々は一斉に色づき始めます。
カナダ西部の自生樹は、紅葉にならずに、黄葉になります。
ですから、見渡す限り、黄金色に染まる景色になるのです。

黄金色に染められた遊歩道を、ずんずん、ずんずんと歩くケンケン。

このときのケンケンは、9歳だったんですよね・・・
壮年期が終わろうとする年頃でしたけど、まだまだ青年と同じでした。

とにかく散歩が大好きで、良く歩きました。

ケンケンが車に乗って出かける散歩コースはいくつかありました。
その中で、一番気に入っていた場所が、
この ミッション・クリーク・パーク だったと思います。

夏は暑くて、行きませんでしたが、
毎年秋になると、黄葉が終わるまで、何度か通った思い出の場所です。


2009年7月。
私たちとケンケンは、10年間住み続けたケロウナ市から
バンクーバーに引っ越しました。

「バンクーバーにも、たくさんの公園があるよ!」
「ケンケンのお気に入りの公園をバンクーバーで見つけよう!」

そう言って、私たちとケンケンはバンクーバーに移り住みました。
でも、ケンケンは最初から少し寂しげでした。

「やっぱり、ミッション・クリーク・パークが好きなんだなあ・・・」
「それじゃ、また来よう!バンクーバーから遊びに来ればいいよ!」

ケロウナとバンクーバーの距離は、車で片道4時間半ほどです。
車に乗ることが大好きなケンケンにとってみれば、
この距離を往復するのは、楽しいドライブ旅行そのものです。

「よーし! 落ち着いたらケロウナにドライブに行こう!」
「またミッション・クリーク・パークを歩こう!」

そう言っていたのに・・・
ケンケンもその約束を楽しみにしていたはずなのに・・・

もう二度と、ケンケンと一緒にこの公園を歩けないなんて・・・
こんな日が来るなんて、ちっとも考えたことが無かった・・・




ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。


ありがとう!ケンケン  (本当にもういないんだね) - 2011.01.14 Fri

0902006

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2009年2月に撮影しました。
ご飯を食べたあとは、満足気でリラックスして、こんな感じでした。
ちょうど2年ほど前の写真です。
当時12歳でしたが、毛並みもキレイでふさふさでした。
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1週間前、ケンケンは病院で点滴を受けました。
10日以上、何も食べていなかったので、衰弱して体力がなくなっていました。

でも、点滴を受けたケンケンは、すこし元気を取り戻したようでした。
ゆっくりですが、歩く速度が早くなったようでした。

点滴で楽になったのは、たった1日だけでした。
翌日には、もう息をしてくれなくなってしまいました。

1週間前。
1週間前の今頃の時間は、まだ家の中にケンケンはいました。
いつもの場所のケンケンの寝床で眠っていました。

私と妻は、点滴が効いていると信じていて、安心していたのですが、
でも、もしかしたら、ケンケンはとっても辛かったのかもしれません。

今、いつもの場所のケンケンの寝床に、ケンケンはいません・・・
私たちのベッドの横に、ケンケンの寝床があります。
夜中に、ふと目が覚めて横を見ると、ケンケンが寝ている姿を何度見たことか・・・

朝起きて、ケンケンがすでに寝床から離れていても、狭い我家ですから、
すぐにケンケンの姿を確認することができました。

でも、もうケンケンはいません・・・
当たり前のようにケンケンがいてくれたこと。
ケンケンがいることが普通だった日常の暮らし。

当たり前だった日常から、ケンケンがいなくなってしまっただけで、
空気も景色もぜんぜん違って見えます。

14年3ヶ月。
ケンケンと一緒に暮らした日々は、あまりにも幸せで
あまりにも楽しくて、そんな日が繰り返し繰り返し続いていました。

ずっとずっと当たり前だった暮らしが、突然変わってしまいました。

過去には戻れないということは分かっているのですが・・・
でも、あの頃の生活が愛しくて、懐かしくて。

私たちの日常の生活の中に、ずっと一緒にいてくれたケンケン。

クリスマス頃から、大好きなご飯も食べられなくなって、
きっと苦しかったと思います。
きっと辛かったと思います。

それなのに、

「がんばれ!ケンケン!」
「元気になれるよ!ケンケン!」

って、言い過ぎたね。

ケンケンは、いつも私たちの期待に応えてくれたし、
言いつけや約束は必ず守ってくれていたよね。

「がんばれ!がんばれ!」 って言うものだから、
ケンケンは、がんばらなきゃ!と思ったんだろうね。

もう、がんばれない体だったのに、無理させちゃったね。
ごめんね、ケンケン。


ケンケン、もうゆっくり休んでいいんだよ。





ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。

ありがとう!ケンケン  (当たり前だった散歩コース) - 2011.01.15 Sat

0610004

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2006年10月7日に撮影しました。
ケンケンの散歩コースの中で、一番長く親しんだ場所です。
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2006年の写真です。
写真の後ろに3つの高層コンドミニアムが見えます。
右のコンドミニアムに私たちとケンケンの家がありました。

2000年8月から2009年7月まで住んでいましたので、
ちょうど丸9年間、暮らしていた家です。

家を出ると、湖畔公園の入り口が目の前でした。
迷うことなく、それがいつものお散歩コースの始まりであり、
何も変わらない日常の散歩でした。

雨の日も、雪の日も、風が冷たい日も、いつもここを歩いていました。

2006年当時、私と妻は対人関係で随分と辛い目にあっていました。
毎日のように嫌なことが続いていました。

でも、そんなときも、いつもと変わらず私たちにはケンケンがいてくれました。
当たり前のように、そして何も変わらず普通にケンケンは私たちに接してくれていました。

ケンケンと普通に暮らせる生活が、どれほど幸せなものなのだろうか!
ということを、そのときに強く感じたことを今でも良く覚えています。

あのころ、いつもよりも長く散歩を楽しみましたし、
できるだけケンケンと一緒の時間を作ろうと思いました。

ですから、2006年に撮影したケンケンの写真は、他のどの年よりも
枚数が多く、良い写真が多いのです。
これまで撮影してきたケンケンの写真を、改めて見てみますと、
そんなことに気が付いたりします。


この写真を見ると、本当につい数日前のような気がします。
いや、明日の朝、いつもとおりの散歩に行くことができそうな気もします。

このケロウナという町から、バンクーバーに引っ越して、
1年半が過ぎようとしています。
改めて、この町で暮らして、この場所を毎日当たり前のように
ケンケンと散歩をしていた時が、どれほど幸せだったことか・・・って思います。

ケンケンもこの公園が大好きでした。
いつでも好きなように芝生の上を走ることができました。
冬になると、雪が積もり、その上を駆け回ることも大好きでした。

私たちとケンケンが、数え切れないほど楽しませてもらった
散歩コースが、この写真の公園です。







ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。


ありがとう!ケンケン  (お骨が帰ってきたよ) - 2011.01.16 Sun

0114-001

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2011年1月15日に自宅で撮影しました。
この陶器の中にケンケンのお骨が入っています。
左にある白い犬の置物は、ケンケンを可愛がってくださった茨城県在住の
ご家族が、ケンケンにそっくりだから!と数年前に贈ってくださった品です。
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先週、1月7日にケンケンは永眠しました。
翌日、私たちはケンケンの亡骸をSPCAに運びました。

SPCAは、カナダの動物保護団体で、全国組織になっており、
主に募金や寄付によって運営されています。
スタッフも善意のボランティアの方が中心で、動物の保護、健康促進を
広く担っている一大組織です。

このSPCAで、ケンケンの火葬をお願いしたのが、ちょうど一週間前でした。
火葬が終わり、お骨になったら、飼い主に戻されます。
4~5日後になるので、電話で連絡をします、と私たちは言われていました。

今朝、SPCAから電話がありました。
ケンケンのお骨が用意できた、という連絡でした。

私と妻は、大急ぎでケンケンを迎えに行きました。

一週間前、ケンケンの亡骸を運び込み、火葬の手続を依頼したときの
女性スタッフが待っていました。

私たちの心中を察して、いたわるように悲しそうな表情で、
小さな紙製の手提げ袋を渡してくれました。

その中には、お骨が入った容器が、犬の足跡のイラストが描かれた
可愛らしい包装紙で丁寧に包まれていました。
慎重に包装紙を外すと、光沢のある立派な陶器が姿を現しました。

陶器の蓋を外すと、壷の中に厚手のビニール袋があり、その中に
ケンケンのお骨が入っていました。
壷の渕には、「Ken Ken」 と丁寧に書かれたタグがつけられてありました。

また、死亡証明書が封筒に入れられていました。
ここにも、「Ken Ken」 という文字がしっかりと記載されていました。

カナダで生活をして12年になりますが、いろいろな場面で、
カナダ人の仕事ぶりが、乱雑でいい加減だということを感じることが少なくありません。

キチンとしている、ということを感じながら、さらには感心するということは皆無です。

しかし、SPCAが行なってくれたケンケンのお骨の対応については、
本当に頭が下がるくらい、丁寧で愛情に溢れ、悲しみに暮れる飼い主の私たちの
気持ちを察するに十分すぎるほどのものでした。


1週間前、ケンケンが息を引き取った直後のことです。
私は気が動転しながらも、亡骸の処置をどうしていいのやら、分かりませんでした。

犬を飼っている知人に電話をしました。
その人は、大の犬好きで、そうしたことに詳しいと思ったからです。

彼は、死亡後の手続について詳しく教えてくれました。
そのとき、動物病院は全部ではないけれども、往々にして
機械的に処理するだけで、かかる費用も多く請求することが珍しくないので、
SPCAの方が良い、というアドバイスをしてくれました。

しかし、最終的には飼い主が最期の見送りを、後悔することなく十分に
お任せできるところを選ぶべきだということを、心優しい彼は付け加えてくれました。

私たちは、迷うことなくSPCAにケンケンの亡骸を運び、火葬の依頼をしたのですが、
本当に良い判断だったと思います。

同時に、このように動物愛護を推進し、多くのボランティアの方々により支えられ、
運営されているカナダのSPCAには、感謝の気持ちで一杯です。

ケンケンも、生まれ育った長野を離れ、カナダで最期を迎えたわけですが、
ケンケンは、幸せだったはずです。

次回、日本に行くときは、ケンケンのお骨の一部を持っていって、
生まれ育った長野の、ケンケンが一番好きだった場所に散骨してあげようと思います。


お骨が入った壷は、ケンケンの寝床の上に置くことにしました。
ケンケンが大好きだった寝床は、今でもそのままにしてあります。





ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。



ありがとう!ケンケン  (ケンケンは雪が大好き) - 2011.01.17 Mon

0601010

(お詫び)
このブログは、私が勝手気ままに思うことを綴ってきました。暫くの間、内容を変えて書かせていただきます。


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この写真は: 2006年1月16日に撮影しました。
ちょうど5年前のケンケンです。9歳のときでしたから、とても元気で
毎日の散歩の時間も長く、スタイルも理想的だったころです。
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2006年1月16日の写真ですから、ちょうど丸5年前です。
私たちとケンケンは、ケロウナ市に住んでいました。
この当時の写真を見ると、雪がほとんど無いですから、
思い起こせば暖冬の冬だった記憶が蘇えってきます。

ケンケンは長野県生まれの犬なので、雪が大好きです。
雪の上を走り回るのが大好きだったので、暖冬で雪が少ない年は
ケンケンにとっては、面白くない冬だったのだろうと思います。

そういえば、1999年から暫くの間は暖冬が続いていました。
真冬の寒さもそれほど厳しくなくて、長野の冬よりも遥かに快適でした。
雪も少なく、日常生活も雪によるトラブルは皆無でした。

2008年、2009年が寒波の到来による大雪に見舞われることになり、
今年2011年も寒い冬です。

バンクーバーは雪はありません。

そういえば、昨年の冬、ちょうどバンクーバー五輪があった年は、
記録的な暖冬で、1月だというのに暖かくて、2月になったら桜が咲き出しました。
生活する上では、とても楽だったのですが、
冬場の散歩のときに、雪が無かったことは、ケンケンにとっては、
面白くなかったのだろうと思います。

昨年11月に、バンクーバーは記録的な寒波が到来し、バンクーバーにしては
珍しいほどの降雪となりました。
ちょうど、私は日本に出張していたときでした。

帰宅して、妻の話を聞いたところ、バンクーバー市内を覆った雪は
ケンケンにとって、待ちに待った雪だったらしく、いつも以上に散歩を楽しみ、
雪の上を駆け回ったそうです。

それが、今から2ヶ月前のことだったんです・・・
丸1年以上ぶりの雪を楽しませてあげることができて、
本当に良かったと思います。



ケンケンは、本当に多くの方々から愛されてきました。
私と妻は、そのことを大変嬉しく思うと共に、
ケンケンを可愛がって下さった方々や、
ホームページを通して興味を抱いて下さった方々に、
今までのケンケンを、もっともっと知っていただきたく、
2011年1月8日から、ケンケンの写真を織り交ぜてお伝えしてまいります。



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作者紹介

 滝澤 修

Author: 滝澤 修
長野県千曲市出身
1999年にカナダに移住
バンクーバーとケロウナに両在住

初めてケロウナを訪れたのは
1991年6月のことでした。
そのとき、ケロウナのゴルフ環境
に魅了された私は、1999年から
ケロウナに移住し、ケロウナでゴル
フにどっぷり浸かる生活をスタート
しました。
カナダで一番恵まれたゴルフ天国の
町がケロウナです。ケロウナのゴル
フ環境を知り尽くしている私が、
日本から来られるゴルファーの方々
を直接ご案内しております。


滝澤の簡単自己紹介
長野で生まれ育ち、家業の廃業が人生の転機になった。1999年カナダBC州ケロウナに移住する。
起業してカナダ産ワインの輸出ビジネスを開始し日本にカナダのワインを広げる活動を行う。
2009年からケロウナとバンクーバーの二拠点生活をスタートする。夏はケロウナ、冬はバンクーバーが基本となる。
ゴルフを通して健康作り、コミュニケーション能力を養うプランを日本人向けにプランしてケロウナで実施する。
もっと多くの人に出逢い、刺激しあい、信頼しあえる関係を育める人生になるよう今もなお模索しながら実践中です。
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