いつも大阪で常宿にしているビジネスホテルにチェックインをした。
荷物を置いて、仕事の現場に向かった。
向かった先は、大学時代に同じ野球部で同期だった 友人が経営する酒屋さん である。
1999年3月にカナダに移住した私は、
2000年3月から、カナダ産ワインの輸出販売を開始した。
私がカナダからの輸出、彼が日本の輸入元という組み立てをし、
二人三脚でカナダのワインを日本国内で販売してきた。
が、私が担っていたワイン業務を、昨年の夏、
別の日本人男性に販売やシステムの全てを差し上げた。
私は次なる目標に向かわなければならず、一人で何役もこなせないため、
ちょうどワインをビジネスにしてカナダに移住したい、という人が現れたので、
これもひとつのタイミングかなと思い、彼に全権を上げてしまったのだ。
そして私はワインから卒業したのである。
が、高級デザートワインの一部に、不具合箇所が判明していたため、
私はワインが保管されている倉庫で修復作業を行なわなければならなかった。
高級なワインなので、コルクの上からボトル全体を包み込むように、
ロウでコーティングされているのだが、このロウにヒビ割れが多く見られるようになったという
報告を受けていた。
カナダから持ってきた同質のロウ(ワックスと言う)を、熱鍋で溶かしながら、倉庫の中で
100本以上の修復作業をした。
古いロウを剥がし取るのに 2時間
新しいロウをコーティングするのに 3時間
合計5時間かかるだろう、と読んでいたが、作業は順調に進み、4時間ほどで終了した。
やれやれ!である。
私は一端ホテルに引き上げた。
この後、とても重要な来客を待つためだった。
その彼には、修復作業が終わる時間を想定して、夕方6時過ぎにホテルの
ロビーで待ち合わせましょう、ということにしていた。
ホテルに着いたら、私の携帯に電話が来ることになっていた。
夕方6時過ぎ。
ホテルのロビーで待っていた私に、
「どうも!ご無沙汰しています!」
懐かしく聞きなれた声で彼は登場した。
この日のために、わざわざ山口県から大阪に来てくれたのだった。
防府高校 野球部の監督だ。
以前のブログにも書いたが、このK監督は、
大学時代に同じ野球部で、私の1学年下の後輩だ。
当時460名いた大所帯の野球部なので、4年間一度も会話をすることなく
卒業する人同士の方が多いのだが、
寮が同じだったとか、その寮で同室だった、ということになると関係は深くなるのだ。
K監督と私は、3年間(私が2年次から、彼が1年次から)ずっと一緒の部屋だった。
私の直系の後輩にあたる。
その彼がわざわざ大阪に会いに来てくれたのである。
うれしいことである。
学生時代はイケ面のカッコ良さを誇っていた彼も、
すっかり体育の先生、野球部の監督というオーラに包まれていた。
私のように、チャラチャラしたところが微塵もないのだ。
おそらく、彼は12年ぶりに再会した私を見て驚いたに違いない。
・ 相変わらずこの人は能天気なんだなあ
・ いい年して、はしゃぎすぎ?じゃないのか
・ ひょっとして 大学時代から成長してないのでは?
まあ、それは良いとして、
私たちは早速、ホテルの外に出て、タクシーに乗った。
大阪心斎橋。
ここに、大学時代の野球部の後輩が経営している居酒屋がある。
ベース
という名前の店だ。
その彼は 智弁学園(奈良) で、投手として甲子園3回の実績を持っているのだ!
凄すぎる・・・・
店内の雰囲気は至ってシンプル?
壁という壁は、高校野球名門校や社会人野球、プロ野球の実物のユニフォームが
キレイに飾られている。
有名選手が使ったグローブやバット、スパイクなどなど、
居酒屋という名の芸術館なのである!
野球好きには、たまらない店なのだ。
やがて、酒屋の営業を終えた同期生が駆けつけ、
店主の智弁学園出身の彼も、時おり輪に加わってくれた。
この秋、防府高校は山口県大会で優勝し、
中国地区大会に進んだものの、惜しくも1回戦で敗れてしまった。
K君の話によると、広陵(広島)、関西(岡山) この2高校が
ダントツに強すぎて、そこに負けるのは仕方ないとしても、その手前で
負けてしまったことに対して、悔しさの表情が伺えた。
ただ、センバツ甲子園の場合は、通常の出場校枠以外に、
21世紀枠というのがある。
K君が監督を率いてから、防府高校は過去2回、中国地区の
21世紀枠の推薦を受けている。
が、いずれの時も最終先行枠で落とされてしまっている。
ということは、もし、今回また21世紀枠に推薦されたとしたら、
これは、本決まりになるのでは? と思うのだ。
高校野球評論家の私の目から、防府高校は有力である。
センバツ出場高校が決まるのは、1月下旬だ。
21世紀枠で防府高校が甲子園に出ることを祈りつつ、
野球美術館と化した居酒屋ベースで語り続けたのであった。



